検見川神社の神楽は、巫女舞より始まり豊楽餅投げにて終了する「十二座神楽形式」となっています。
 また、畑町子安神社神楽や武石町三代王神社神楽に非常に類似しており印西町浦部神楽(鳥見神社)や沼南町塚崎神明社十二座神楽とも笛や太鼓、舞もほとんど同一である点を付記しておきます。

□鳴り物は、大太鼓・大拍子・チャッパ・笛より構成されています。

□毎年10月の尾鷲神社祭礼にて演奏・演舞しています。

2000年までは、毎年、10月9日に取り行なわれておりましたが、2001年より、10月の第二土曜日か第三日曜日になりました。詳しくは参加情報を参照願います。またはメールでお問合せ下さい。


尾鷲神社祭礼 2002年10月14日(平成14年)

お備社講 2002年1月(平成14年)

尾鷲神社祭礼 2001年10月(平成13年)

■巫女舞「みこまい」(一人舞)

巫女舞 巫女舞というと女性の舞と思われますが検見川神社神楽の場合は、神官の衣装を着て舞われ唯一のお面を付けずに舞われる神楽です。
 神楽の始まりには欠かせないもので、鈴と御幣にて四方を祓い、神を招く意味があります。

動画(約1分)…再生

■衢神六合堅目の舞「ちまたのかみろくごうかためのまい」(二人舞)

天狗の舞 通称「天狗の舞」と呼ばれています。最初に従者(ひょっとこ)が笹を持ち出てきて庭掃きの舞を行います。笹でこれからここを通る神々のために掃き清める舞です。終わると衢神(天狗)が登場します。天孫邇邇芸命が天降りの際、道案内役をした神であります。天地四方を合わせ六合といい国堅め舞で、昔は四方をすべて舞っていましたが一人で踊る舞いとしては最長であり、時代と共に短くなり現在では上手・下手のみ舞われ裏上下手は省略しています。途中に鉾で「天地神明」という文字を書いています。

動画(約3分)…①再生 ②再生

■老翁悪神祓の舞「ろうおうあくしんばらいのまい」(一人舞)

翁の舞 一般的に「翁の舞」と呼ばれており、衢神六合堅目の舞によって国を堅められたのち悪神を鎮め厄を祓い、国穏やかに何事も無きようにと祈り舞われる神楽です。
 最初に折り紙を持ち舞います。この舞は、悪神を鎮め国穏やかにとの意味があり、剣の舞へと続きます。剣の舞は、神剣の威力にて悪神を鎮め厄を祓う意味があります。そして鈴を持ち神鈴の音色にて剣の禊ぎを行い厄を祓う意味があり、国穏やかに何事も無きようにと祈り舞われます。

動画(約1分30秒)…再生

■千箭発弓の舞「ちのりはっきゅうのまい」(一人舞)

八幡の舞

 戦国の武将、八幡太郎義家公が弓の名人だったことからいつの頃からか「八幡(はちまん)の舞」と呼ばれるようになりました。
 この舞は、弓の威力にて怨敵退散、悪神を鎮める舞です。

■天狐乱舞の舞「てんこらんぶのまい」(二人舞)

 雄のキツネと雌のキツネが豊作を喜び舞われる神楽です。
 まず最初に雄のキツネが出てきて御幣で豊作の祈りを込め舞います。そこへ雌のキツネが出てきて豊作を喜び雄のキツネと向き合いお互いに跳ねながら喜びを表現します。豊作を喜ぶと共に子孫の繁栄を込めた意味があります。

■湯笹露祓いの舞「ゆささつゆはらいのまい」(一人舞)

 現在では舞われることはありませんが、現存するお面に露祓いに使用するうすめ面があり、おそらく畑町子安神社神楽と類似した神楽と思われます。尚、笛の唱歌が神楽全集に書かれています。

■稲倉魂神五穀種蒔の舞「うかのみたまのかみごごくたねまきのまい」(三人舞)

 現在では舞われることはありませんが、現存するお面に大国主命や稲倉魂神があり、おそらく畑町子安神社と類似した神楽と思われます。

■八重事代主神釣の舞「やえことしろぬしつりのまい」(一人舞)

恵比寿の舞

 通称、「恵比寿の舞」と呼ばれています。事代主命は七福神の一人、恵比寿様と思われていますが恵比寿は外人を意味するエビスであり、元々は人々を幸福にする外国の神でありましたが釣竿と大きな鯛を持った事代主命に似ていたので事代主命を恵比寿様として信仰を集めるようになってきました。
 尚、事代主命は大国主命の子供で海上・漁業・商業の神様として奉られてきました。
 まず最初に、事代主命が釣竿を持って登場し糸を垂れ釣りをします。この舞は、波穏やかにと海上安全を祈り扇にて魚を呼び寄せ豊漁の祈りを込めて舞われる神楽です。最後はおかめを釣り上げ事代主命が神前へと導きます。
 歌舞伎や狂言に見られる釣り女、また江戸の里神楽等にもよく見られる演目で恵比寿様が大きな鯛を釣り上げ、その後従者が釣竿を借りておかめを釣り上げます。このような影響を受け事代主命(恵比寿)と天鈿女神(おかめ)の舞は元は独立した舞でありましたがおかめの面がお多福に似ていた為多くの福をと洒落て天鈿女神(おかめ)を釣るようになったと思われます。

■天鈿女神遊行の舞「あめのうずめのかみゆうぎょうのまい」(一人舞)

おかめの舞

 一般的には「おかめの舞」と呼ばれており天鈿女神は天岩戸の前で舞をしたことは有名であり日本国最初の神楽でもあります。古来より神楽・舞楽・芸能の神様として奉られてまいりました。
 神前へと導かれた天鈿女神は、まず化粧をします。この時扇が鏡になったり櫛になったりと舞方の創意工夫により見ている人を笑わせます。そして御幣と鈴で災いを祓い福を招き入れるようにと舞われる神楽です。

■素戔鳴尊オロチ退治の舞「すさのうのみことおろちたいじのまい」(四~六人舞)

 現在では舞われることは有りませんが、現存するお面に大蛇面がありますが角が取れていてどんな角が生えていたか今となっては判りませんが舞楽に使用するような立派な大蛇面です。

■天目一箇神鍛冶の舞「あめのまひとつのかみかじのまい」(二人舞)

宝剣打の舞

 通称「宝剣打の舞」と呼ばれており、天目一箇神は天ノ岩戸の前で鏡作りの祖神である石凝姥神が八咫の宝鏡を造る際に相槌を務めた鍛人、天津麻羅と同一の神であると言われています。古来より鍛冶の神と奉られてきました。
 古くは、石凝姥神と天津麻羅による八咫宝鏡造りの舞というお神楽を演じていたと思われますが民衆の受けが良い宝剣打の舞へと変化していきました。まず最初に天狐が位置決めをする為に出てきて、上手と下手を踏んだ後座り天目一箇神が登場します。そして天狐の相槌が入りますが、これは刀鍛冶で有名な三篠小鍛冶宗近が稲荷山にて天狐の相槌により刀を造ったと言われていますが、このような影響などを受け現在の舞になっていったと思われます。

■大山祓神悪人退散の舞「おおやまづみのかみあくにんたいさんのまい」(三人舞)

餅投げ餅投げ お神楽の最後には必ず行われる舞で、豊楽餅投げへと進み終了とあいなります。
 まず最初にひょとこが出てきてお供えの餅を食べたり放り投げたりと悪戯をします。そこへ山の神が登場してひょとこから取り上げて御祓いをした後、餅を投げます。投げ終わると清めの舞を行い豊楽餅投げとなり恵比寿様やおかめや天狐が登場してあるだけの餅を投げて終了となります。

資料提供=石川隆夫